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恋文 3

今日は遠い所迄、長い時間つきあって下さって、ありがとうございました。 すばらしい春の日に、ずっと以前から憧れだった所に、あなたと一緒に行くことが出来て、本当に幸せな一日でした。 柳生は、昔、まだ学生の頃の冬に、女の子ばかり10人程のグループで出掛ける計画を立てていました。 私だけ風邪を引いて参加することが出来ず、学生寮のベッドで一人淋しく寝ていたら、帰って来た友人達が「とてもいい所だった」とか 「あなたの好きそうな所だった」とか口々に言うのを聞いて、いつか、きっと行ってみようと思っていました。15年以上もの間、機会に恵まれないまゝ、心の隅に残されて来た所です。

念願かなって訪れた所は、思っていたとおりの、静かなおちついた、感じのいい村でした。

あんなにひっそりとした村に、由緒正しいお寺があって、その陽のささない、足の裏が冷たくなるほどひんやりしたお堂。

立派な、今にも動き出しそうな堂々とした仏さまがいらっしゃることは、驚いたと言うより、思わず、はっとするような感銘を覚えました。

峠の茶屋に向かう自然歩道も、きれいな、いい道で、どこまでも歩いて行きたい感じがしました。

満開の桜、菜の花、木蓮、こぶし、ぼけの花……

やっぱり飲んでしまったワインと酒屋さんで始めに出された栓抜き。

まだおむつを当てられる身でありながら仏さまの前で合掌してみせてくれた女の子。 うぬぼれうぐいすの声が聞こえてくると「下手なウグイスやな~!俺のほうだ上手だ!」と、真似てくれた時はお腹が痛くなるほど笑いが止まらなくて…… なぜか突然話題になった被子植物と裸子植物……山猿のように里山の獲物(アケビ)を探すあなたの目線…… すてきなあなたと歩いた道は、一生忘れません。楽しい思い出を作って下さって、ありがとう。 里の散策で、あなたが突然語り始めた、「山路を登りながら、こう考えた」「知に働けば角が立つ。情けに棹させば流される。意地を通せば窮屈だ」「とかくに人の世は住みにくい---」 は、家の本棚から探し出して読み直した所、夏目漱石の「草枕」のはじめでした。 ちなみに「坊ちゃん」は、「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間程腰を抜かした事がある。

なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出して居たら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。

弱虫やーい。とはやしたからである。小使に負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼をして二階位から飛び降りて腰を抜かすやつがあるかと言ったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。---」

その文章で思い出しました。火鉢に急須をそのまま置くあなたと似通っている所があるのではないでしょうか。

あなたが好きな一節を「坊ちゃん」のはじめだ等と誰かに話さないうちに、この手紙が届いてくれますように。OOOO年O月O日夜

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